後悔しても遅い

先日、昔は余人を凌駕する勢いで激しく運動していたため、女子としてありえないほど筋肉がつき、ジーンズは太腿からあっという間に破れ始める、ということを書きました。学生時代の4年間と、卒業して高給フリーターだった1年ぐらいの間、あるスポーツに没頭していたわけですが、その5年間のうち後半は、大会の運営をするスタッフの仕事にもずいぶん関わりました。

スタッフ業務に携わるのは、みんなプレーヤーかプレーヤー出身者の大人たちなのですが、そのなかで、ありとあらゆる雑用を任され、いつも現場にいる人物がいました。仮に名前をえんちゃんとします。

えんちゃんは、人柄というのか、雰囲気というべきなのか、まわりの人との間に壁を作らないタイプで、とはいえシャイだし、もともとは引っ込み思案だと思うし、社交的というほどではない気がするのですが、まあとにかくいつも大会会場で汗をかいているので、みんながえんちゃんを知っていて、えんちゃん、えんちゃんとしょっちゅう呼んで、えんちゃんを頼ったり、頼りながらも文句を言う相手にしちゃったりしていました。かなりぽっちゃりしているうえに、屋外でプレーするスポーツだったのでコンクリートのように黒く日焼けしている私の傍らで、いつも美しいもち肌をちょっとピンクに染める程度で太陽の攻撃を乗り切っており、つまり年がら年中白くて丸くておもちみたいな見た目だったので、初対面の相手にも警戒心を抱かせないところはあったと思います。私にとっては他大学の先輩だったし、学年もけっこう離れていたのですが、一緒に仕事をする時間がどんどん増え、特に何を話したとか何を乗り越えたとかいうきっかけもないままに、えんちゃんは私にとっても、先輩ながらも気の置けない人になりました。

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そうなると、おもちの中にはけっこうネガティブな思考も詰まっていることが分かったし、器用なタイプではないうえに、なんだかいつも不運なところがあって、いわゆるやられキャラになっている感じもよく目にしました。でも運転が上手で、用具を山盛りに積んだ大きな車も苦にせず長距離を走破し、それは大会スタッフのえんちゃんとしては非常に重宝される大事なスキルでした。よく助手席に乗せてもらいましたが、世界一方向音痴だから道案内は絶望的だった私が、地図もろくに開かず、役に立たないどころか寝落ちしていても怒らないえんちゃんは、でも、運転中に私が驚かせるようなことを言ったときだけ、太い声で驚いたあと、低い声で叱りました。えんちゃんに叱られたのは、後にも先にもそのときだけだったように思うので、よく覚えています。たくさんの仕事を一緒にしました。道具の積み降ろし、コートのライン引き、テントの設営、椅子やテーブルの設置と、私たちは無言でもくもくと続けました。協力してやった、というよりは、どちらもそれぞれ真面目に、なるべく早く終わらせようとするタイプでした。

スポーツ全般を愛していて、サッカーも野球も、スタジアムや球場に足を運んで観戦していることも知りました。ぽっちゃり体型のせいで自分自身は名選手とは言えなかったけれど、技術は高くて指導員資格もあっという間に取っていたし、なにより運営業務への貢献は大きく、それはえんちゃんの心を深く貫くスポーツ愛に支えられているところが大きかったんだろうなと思います。

あまり開かなくなっていたFacebookのアカウントを、用事があって面倒に思いながらも開いたとき、一番上にあったお知らせに、訃報と書いてありました。えんちゃんの名前がありました。嘘でしょう、と、家でひとりだったのに大声を出してしまいました。くも膜下出血、緊急手術、永眠……畳み掛けるいくつもの単語が胸に突き刺さり、しばらく動けませんでした。しょっちゅう会っている仲良しの先輩にメールしました。手が震えてまともに打てなかったし、「訃報」という単語を使うのがどうしてもためらわれ、それは彼の死を受け入れられていなかったからだと思うのですが、しかしほかに表現のしようもなく、仕方なく、何分もかかって「えんちゃんの訃報をいま知ったんだけど」と切り出すメールを打ち、葬儀への参列の予定を聞いて、一緒に行くことにしました。

私はある時期から、同窓会みたいな大勢が集まる会はどうしても苦手になってしまい、ほぼすべてのイベントを欠席していました。中学の同窓会だろうが高校のだろうが大学のだろうが、あるいは退官のお祝いだろうが同期会だろうが、10人ぐらい集まりそうなら遠慮し続けています。一定の人数を超えると、話したい人ともろくに話せないし、大人数が集まれば話したくない人も来るかもしれないからです。この著しい社会性の欠如のせいで、私はあんなにお世話になったえんちゃんに、もう20年近く会っていませんでした。

集まりに出かけないことにしたときに、そのかわりに、冠婚葬祭の婚と葬だけは万難を排して駆けつける努力をすると決めていました。黒いスーツを出し、シャツにアイロンをかけました。それから、えんちゃんの写真を引っ張りだそうとしたけれど、写真入れにしている靴の箱程度の大きさのボックスを3箱ひっくり返しても出てこなかったので、途中であきらめました。きちんと整理していなかった自分を呪いました。それよりお葬式の準備をしないといけないのに、頭がうまく回らず、何も手につきません。薄墨の筆ペンを引っ張りだし、香典袋に名前を書いていたら、突然、ある大会のスタッフとして入賞者の名前を貼り出すために、競技会場で清書していたときのことを思い出しました。自分で言うのもなんですが、私は字がわりときれいという評判で、その手の仕事を引き受けていたのです。この日はシニアの人々が出る大会だったのですが、まわりの人が字を書く私を見ながらいろいろなことを言い出し、多くは「きれいな字だね、若いのに」みたいなことだったのに、知らないじじい(の参加者さん)が「あとは筆をもっと立てるといいね!」と頼んでもいないのに指導を始め、こっちはサインペンだっていうのに筆を立てるもなにもあるかよ!とイラッと来たことを、稲妻に打たれるように突然ハッと思い出し、そのせいで、順調に書けていた香典袋の自分の名前の3文字目が横にびろーーんと伸びてしまったのです。

なんじゃ、このへんな字は……。心底がっかりしました。私は字では点数を稼いでおいて、ほかのマイナスポイント(破綻した人格とか)を少しでも補いたいのです、そんなことが可能なのかどうかはともかくとして。それなのにこの有様。

えんちゃんが死んじゃったりするからだよ。

もうやめてよ。死なないでよ。えんちゃん死ななかったら、こんなへんな字書かなくてもよかったのに。えんちゃんのお通夜なんて嫌だよ。えんちゃんへのお香典袋なんて冗談じゃないよ。なんで急にいなくなっちゃうのよ。まだ40代もいっぱい残ってるじゃん。ちゃんとお礼も言えてないよ。なんにお礼を言ったらいいのかも分かんないよ、それぐらい、いるのが当たり前だったのに。

えんちゃんの字は、昭和のティーンのようなものすごい丸文字だったことも思い出しました。顔も体も字も丸かったわけですが、あの字は相当練習しないと習得できないかわいさだったと思うのです。何事も凝り性だったと言えるのかも。かわいいものがすごく好きだったよね。アイドルも追っかけてたし。猫も。猫、好きだったよね? なにしろしょっちゅう近くにいたのはずいぶん前になっちゃったから記憶に自信がないんだよね。

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それでも今も言えるのは、えんちゃんは so very えんちゃんであって、ほかにいない、唯一無二のえんちゃんだったということです。あんな人は世界中探しても見つからない。えんちゃんっていう種類の人間だったような気がします。確固とした自分の世界やこだわりがあって、孤独も愛していたけれど、酒宴でみんなと大騒ぎするのがなにより大好きで。

想像はしていましたが、お通夜にはとてつもなく大勢の人が駆けつけていました。海外のチームからもお花が出て、あとは全国各地のプレーヤーやチームや、とにかくお花屋さんのお花が全部なくなってしまったんじゃないかというほど供花がすごくて、参列者はぎっしりと並び続け、列が途切れる気配はありませんでした。どのチームだって、どこのプレーヤーだって、えんちゃんを知らない人なんかモグリだし、えんちゃんにお世話にならずに選手でいられることもなかったのですから、当たり前です。

裏方中の裏方みたいな人だったけれど、短すぎる人生だったけれど、すっごい仕事を成し遂げたんだねえ、えんちゃん。こんなに弔問の人が来てくれることなんて、ほんとありえないよ、普通。ご家族もものすごく驚かれたんじゃないかなあ。私は早い時間に行ったのに、会場のスタッフさんが「(香典返しの)引換券がもうなくなりそうで……」と焦っていました。会場の想定を超えるほどの数だったんだと思います。

お花の中央には、ブルーのジャケットを着て、おもちのようなほっぺの横で小さくピースする、いつもの控えめな笑顔のえんちゃんがいました。ちょっとやめてよ、20年前と全然変わってないじゃん。もち肌のまんまで、ちっとも老けてないのに、どうして死んじゃったのよ。考え始めると涙が出るので、やめたいのですが、気がつくとずっと同じことを考えています。

お世話になった方々に、何人かは久しぶりにご挨拶をしましたが、多くの人をお見かけしながら失礼してしまいました。話し始めると涙が止まらなくなるのが耐えられなかったからです。ごめんなさい。

こんなにご無沙汰してしまって、久しぶりに見る姿が遺影だなんて、こんなにひどいことはあるのかと考えたけれど、だからといって、もはや私に急に社交の才能が生まれるはずもなく、今後も大勢の集まるところに出ていくことはできそうにありません。そういうことはもう諦めて生きようと決めたのだから、いま後悔しても遅いのです。会いたい人には会っておかなくては、言いたいことがあるなら言っておかなくてはいけない、必要なら個別に連絡を取らなくてはと、自分に言い聞かせていたのだから、よくよく分かっています。

それでも、もう間に合わなくても、後悔は尽きることがありません。

えんちゃん、みんなの輪の中にいるのがあんなに好きだったのに、そんなに早足で駆け抜けちゃって、まだまだみんなそっちに行けないよ。さみしくない?

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頭の中でずっとぶつぶつえんちゃんへの文句を言い続けていますが、「イヤイヤこんなはずじゃなかったんだけどさあ……」と頭をかきながら言い訳みたいな返事をしてくれるような気がしてしまうんですよね。思い出がありすぎてね。そういう仲間は、うなるほど時間がある若い頃しかできないような気がしています。だから貴重だったはずなのに。堂々巡りです。

 

 

 

 

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