映画と編み物とネタバレ

カズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞であちこち沸き立ちましたね。イギリスでも日本でも大喜びできるのは、彼の受賞のうれしい恩恵のひとつだと思いました。それより私はこの「わたしを離さないで」のペーパーバックを、おそらく海外の空港で帰国便に乗る直前に買って、機内で数ページ読んだところでいつものごとく寝てそのままになった模様で、しおりが5ページ目に挟まってたんですけど今回の受賞で各テレビ局がすんげーネタバレしまくってるんですけどまじ許せません……!

私は小さい頃からネタバレが大嫌いで、ごく些細なことでもネタバレとみなして怒ります。例えば、あらすじで「マックスはどこにでもいる普通のティーンエイジャー。ところが夏休みのある日、同級生のマイクが失踪してしまい……」というのを読んだだけで、「マイクが失踪するってなぜバラした!!」と激高するほどです。いや、最近はそれぐらいは許しているような気がしますが、中高生の頃はあらすじでも本気でぷんすか怒っていました。雑誌の映画評などは目を薄めて星の数だけうっすら見る程度。全員が星をいっぱいつけて激賞していたら観ようかなと思うぐらいです。それよりもたいてい、趣味を知ってくれている映画通の友人たちに「あの映画、私が観るべきか観なくてもいいかだけ教えて!」的に聞いて、映画館に足を運ぶ作品を選ぶことが多いです。

だからもしこのブログでネタバレ的なことを書くとしても、事前にものすごく「この先にネタバレを書きます!」と予告しますので、そこまでは安心してお進みください。

なぜこんなことを言い出したのかといいますと、ある映画の感想を某所で見かけた友人が、そういう映画なら観たくない、と言っていたのですが、そういう映画じゃないからぜひ観てほしいと感じたので、自分の感想を書いておきたいと思ったのでした。

 

こちらです。『彼らが本気で編むときは、』。荻上直子監督の作品ですね。これまでも『かもめ食堂』『めがね』など観ましたが、『めがね』でも小林聡子さんが編み物するシーンがありました。海辺で椅子に座って、長い長ーい赤いマフラーを編んで。細いモヘアの糸をジャンボなかぎ針でざくざく編んで、素敵でしたね。あれは全世界あみぐるみ者の憧れのあみぐるみ作家、タカモリ・トモコさんの作品だったはずです。赤いモヘアっていうのがいいですよね……!!

今度の作品はタイトルからして『彼らが本気で編むときは、』ですから、編み物が重要なモチーフとしてがっつり登場します。

この先、感想的な記述がありますが、上記の私のような考え方の人間からするとネタバレです。ですのでそこに進む前に、結論を言いますと、「静かな語り口ながら、人生の難しさがまざまざと提示されている作品。人間が丁寧に描かれていて、素敵な人もそうじゃない人もいる中、特に優しい視点を持つ人々のあたたかさに多く触れることができる。映像もきれい。オススメ」です。

以降、もうちょっと踏み込んだ感想を書きますので、ネタバレハードルの低い方はこの先は読まずにただブルーレイ / DVD を観てください! (ただし一般的に申し上げてそれほど踏み込んだネタバレはないかと思いますが……) 一応、ちょっと薄い色にしておきます。

★★★★★★

編み物がモチーフということで、編み物クラスタの方々が沸き立ったんですけど、これは別に編み物映画ではないです。劇中で生活のなかに編み物が登場している、ということなので、編む、とタイトルにあるからといって、編み物が主役だ!とかいうふうに期待しない方がよいですね。私としてはむしろ、主人公の趣味として編み物が生活の一部になっているという描かれ方が嬉しかったですけれども。

主人公は生田斗真くん演じるトランスジェンダーの女性、リンコ。悔しいことがあると、編み物で心を鎮めていたと話していますが、そうじゃないときも編んでいます。だから編み物はネガティブなものの象徴ではなく、彼女の大切な趣味であり、もはや日常だというふうに私は捉えました。ただ、リンコはある目的を持ってあるものをたくさん編んでいます。それは、セーターのように着るものでも、ソックスのように履くものでもなく、誰かをあたためる目的は持っていませんでした。

そのことについて、「編み物をする立場からすると、あの描かれ方は悲しい」というような感想のいくつかに接した人が多いようです。正直に言うと、最初は私も「えっそうなの? せっかく編むのに??」とは思いました。けれどそう思ったのは一瞬で、ストーリーを追ううちに、リンコのトランスジェンダーとして生きてきた日々、過酷な経験、悲しくつらい思い出の数々と、ひとつの愛情の込もった編み物の記憶を重ねあわせると、「編んだものをどうしようと、彼女がしたいようにして、楽になれるのならそれが一番、それが最高」とすぐに感じるようになりました。いずれにしても編み物が彼女を癒しているのは間違いのないことで、それって素晴らしい。観るときに、「私は編み物をするから」ということに重きを置きすぎてしまうと、この映画のもっと大きなテーマを見逃してしまうような気がします。

リンコがどう生きて来たか、これからどう生きるか、その方がずっと大切。ある人がその人らしく生きることが大切。編んでも身につけない、使わないことは、普通のことではないかもしれません。でも、普通って何だ、ということもこの映画の重大な投げかけのひとつです。人に迷惑をかけない限り、なにをしてもどう生きても尊重されるべきです。

優しすぎる人、繊細な人、おおらかな人、寛容な人、あるいは現実的な人、自己中心的な人、ぶしつけな人、残酷な人。他人の気持ちがわかる人、わかろうとしない人。日常生活の中での人間の描かれ方が秀逸でした。そして、リンコがたくさん編んだものたち、そのクライマックスのシーンはとてもとてもきれいでした。映画館でご覧になっていない方はぜひ、ブルーレイ / DVD をご覧になってください。

★★★★★★

ところでね、ここから先はくだらな気味なのでリラックスして読んでいただきたいのですが、編み物をする私として突っ込みたいポイントはいくつもありましたが、上のような話とは全然違います。

IMG_6093

おわかりいただけますでしょうか、一番左はアラフォスロピー、真ん中はシティーツイード、どちらも素敵な毛糸ですが、玉の真ん中から糸が出ています。一般的に、いま販売されている糸のほとんどがこういう形で、玉の中から引き出す糸で編めます。もちろん外からも取れるのですが、中からのほうが毛糸玉がころころ転がらず、編みやすくて便利なのです。たまに、ドイツの毛糸ブランド・ショッペルのザウバーボールなど、中からは糸を取り出せないものもありますが(おともだちのケストラーさんが一度トライしてみて、必死でやったけどできなくて、以来「絶対試さないように」と生徒さんに諭しているとか)、それは例外的なケースです。一方、上の写真の右下にある糸は、ぐるぐる巻いてあって、内側からは糸が取れません。これは一度編んだものの巻き直しだからです。手で巻き直しても、中から糸が取り出せるように巻くことは可能ですが、時間もなく面倒だったときにこういうふうにザザザッと巻いてしまいます。

映画の中に出てきた毛糸玉は、ほぼすべてこの「手で巻き直し」型で、外から糸を取って編む方式でした。わかるんですよ、そのほうが見た目がかわいくて、毛糸玉っぽい!っていうのは。でも編みやすいとは言えないので、家にあるたくさんの毛糸が全部こうなってるっていうことはありえないんですよね、一般的には。お店で毛糸を買う、みたいなセリフもありますし、巻き直ししか持ってないっていうことはないと思うんです。

あとね、リンコちゃんが、夢を見てうなされている彼氏のメイッコの様子を見に行くときに、編んでいたものをその場に置いて向かうんですが、そのときの編み棒の状態がこうなんです。

IMG_6079

わかりますか、編んでたところのまま、ぱたりと置いているのです。

しかし、少しでも編み物している人はおそらくこうします。

IMG_6090

編み目を針の根元のほうにギュッと持ってくるのです。これは輪針だからちょっとハの字の形になってますけど、2本棒針だともう箸のようにぴったりくっつけますよね。万が一にも外れないように! これは初級者でもすぐ身につく作法だと思います。外れるのって超おそろしいのでね……

あとは、リンコちゃんに習って編み物を始めた設定のメイッコちゃんの方がぐぐっとスムーズに編めるようになっちゃって追い越してた感出てたとか(役者さんの練習時間の多寡によるものでしょう、しかしリンコちゃんもお上手でしたよ)、職場のお仲間たちと編み物しているときに、「次の段、表編みですか? 裏編みですか?」と聞く人の編み地はどうやらガーター、違っても裏メリヤスで、それってつまりどっち編むか聞くまでもなく分かるよね?????というヤツ。ちなみにこの方が映画に登場する人のなかで一番手つきが慣れた雰囲気でしたね。

まあそういう重箱コーナーアタッキングみたいなことを思いつきながらも、全体としてはそういう細かいことは無視して楽しみました。

あと、この映画の公式twitterの中の人が編んだ作品を、某編み物関係の別の公式アカウントが引用RTで晒した上で「ねじり目になっちゃってるけど!」みたいなことを言っていたんですよね。一体なにをやっているのかと。普段しない方がせっかく編み物にトライしたのに、そういうアカウントがディスってやる気を失わせるって業界の敵じゃないすか。狼藉やめてほしい。親切に教えてあげたいだけっていうならDMで言えばいいじゃんっていうね。ここを編めばねじり目に、こっちを編んだら普通の目になるよっていう写真でもつけてさ。リプライでも嫌ですけど、引用RTなんてもう神経を疑っちゃうぞ……!! 『彼編む』の中の人の作品はすごくかわいくできていたので、ぜひ続けて編んでほしいです。ねじり目なんか1回誰かに指差してもらえば次から直せますから。それにねじり目だってほどけないからいいんだ! 売り物じゃなければ間違いじゃないですよ、間違いじゃない!!! もし途中でメリヤスからガーターになったって、かわいいからいいんです。ちゃんと形になってたし! カワイイ!!! 完成することが立派!!! 10万円の市販のセーターに見つけた穴に首を傾げるのは理解できるけど、あんまり編み物しない人の作品をしょっちゅうする人があれこれネガティブに評するのはほんとやめていただきたいところです。まあ編み物じゃなくても、やり込んでる人がえらそうにする光景はときどき目に入りますけれどね、趣味としてのその世界が滅んだら、業界が廃れて素敵な道具とか手に入りにくくなるからまじでやめたほうがいいです。

おともだちは編み物の教室で教えるときに、「違ってても爆発したりしないから!」と応援しながら編み進めてもらってるそうで、素晴らしい。これから私も積極的に使わせていただこうと思っています。爆発しないから大丈夫!

楽しく編みましょう。優しい人と一緒にね。

 

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